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▼ 旧ブログ 記事:2011/08/26 00:21 からの転載 ▼



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1736(元文1) 近衛予楽院 (家煕)、没。(70歳)
                                    
1737(元文2) 尾形乾山 「佐野伝書」 を著す。

1740(元文5) 一燈宗室 が 利休150回忌 の茶会を催す。

1741(寛保1) 如心斎宗左、一燈宗室、川上不白、らが 七事式 を制定。

1747(延享4) 小川破笠、没。(85歳)

1751(寛延3) 川上不白、江戸へ下向し、江戸千家 を興す。

1751(寛延4) 如心斎宗左、没。(47歳)

1752(宝暦2) 松尾宗二、没。(76歳)

1771(明和8) 一燈宗室、没。(53歳)

1788(天明8) 天明の大火 で、三千家 も類焼する。

1789(寛政1) 不見斎宗室 が 利休200回忌 の茶会を催す。

1797(寛政9) 松平不昧 が 「古今名物類聚」を版行。

1807(文化4) 川上不白、没。(92歳)

1818(文政1) 松平不昧、没。(68歳)

1839(天保10) 玄々斎宗室 が 利休250回忌追善茶事 を催す。

1840(天保11) 三千家 合同で、利休250回忌 法要が営まれる。

1855(安政2) 「形物香合一覧」 版行される。

1860(万延1) 井伊宗観 (直弼)、桜田門外 で暗殺される。(46歳)

1865(慶応1) 玄々斎宗室、孝明天皇 への 献茶の儀が許される。

1868(明治1) 明治維新 の 「神仏分離令」 廃仏毀釈 などにより、美術品 等が 破壊され 海外に流出する。

        また、各 茶家も苦難の時代を迎える。

1872(明治5) 玄々斎宗室、「茶道の源意」を著し、三千家の連署と共に、知事に提出。

        また、京都博覧会 で 立礼式茶法 を考案。

1975(明治8) 跡見花蹊、茶湯を 女子教育 に取り入れ、女性への普及を推進する。

1876(明治9) 宇治茶 上林家、アメリカ百年祭万国博 に 出品。

1877(明治10) 玄々斎宗室、没。(68歳)

1887(明治20) 碌々斎宗左 が 北野大茶湯300年記念 茶会を催す。

        また、京都御所 で、明治天皇 に茶を献ずる。

        井上世外 (馨)邸 の 八窓庵 茶席披き に、明治天皇 が行幸する。

1889(明治22) 碌々斎宗左 が 利休300回忌 の茶会を催す。

1894(明治27) 日清戦争 (〜1895)

1895(明治28) 益田鈍翁 が 「大師会」 を創始。

1897(明治30) モラエス 「Dai-Nippon (大日本 歴史芸術茶道)」版行。

1898(明治31) 豊国神社・大徳寺・建仁寺 などで、豊太閤300年祭 献茶式。

        田中仙樵 が 大日本茶道学会 を創始。

1902(明治35) 松浦心月庵、松浦鎮信200年忌 追善茶会 を催す。

1903(明治36) 三井松籟、真珠庵 で、珠光400年忌 茶会を催す。

1904(明治37) 日露戦争 (〜1905)

1906(明治39) 岡倉天心 の 「The Book of Tea (茶の本)」が アメリカより刊行。

1908(明治41) 藪内節庵 が 「篠園会」 を始める。

1910(明治43) 碌々斎宗旦、没。(74歳)

1914(大正3) 圓能斎宗室、京都第一高等女学校 で指導。学校茶道 に力を入れる。

        第1次世界大戦 (〜1918)

1915(大正4) 土橋嘉兵衛・山中定次郎 らが 「光悦会」 を発足する。

1921(大正10) 高橋箒庵 「大正名器鑑」の 編纂が始まる。

1923(大正12) 関東大震災 により、長次郎「木守」・光悦「鉄壁」など多数 消失。

1924(大正13) 藪内竹窓、剣仲紹智300年忌 を営む。

1933(昭和8) 三千家・藪内家 が大徳寺で 大燈国師600年遠忌 供茶式・茶会 を催す。

1934(昭和9) 嘉納鶴翁、白鶴美術館 が 開館される。以後 多くの「茶道美術館」が設立される。

1936(昭和11) 北野大茶湯350年記念 茶会として、「昭和北野大茶湯」が催される。

1937(昭和12) 日中戦争 (〜1945)

1938(昭和13) 益田鈍翁、没。(92歳)

1939(昭和14) 第2次世界大戦 (〜1945)

1940(昭和15) 三千家合同 で 利休350回忌 供茶式 が催される。

1941(昭和16) 太平洋戦争 (〜1945)

1951(昭和26) 淡々斎宗室、訪米し、海外への 茶道普及の 先鞭をつける。

1957(昭和32) 三千家合同 で 元伯宗旦300年忌 が営まれる。

1990(平成2) 利休居士400年遠忌、三千家合同法要・茶会が催される。

2007(平成19) 元伯宗旦350年忌、三千家合同法要・茶会が催される。



写真:【石橋静友堂 ねっと店】 濃茶 利休居士400年忌記念 「爽明の昔」 上林春松本店  *そうめいのむかし* [mch94604]
http://seiyudo.ocnk.net/product-list?keyword=%E5%88%A9%E4%BC%91%E3%80%80%E4%B8%8A%E6%9E%97

▼ 旧ブログ 記事:2011/07/11 21:54 からの転載 ▼



再三 書いておりますように、

なぜに 「茶道 アプリ」 が登場しないのか???

不思議でなりませんでした が、

ついに 先週末 この ニュースを目にしました。



: DNPデジタルコム、茶道の知識を体系的に学べるアプリ『茶道文化検定3級』を発売 


株式会社DNPデジタルコムはiPhone/Android向けのアプリ「茶道文化検定3級」の提供を開始した。iPhone用はApp Storeから、Android用はAndroidマーケットからダウンロードできる。価格は350円。

同アプリは日本の伝統文化を楽しく学べるスマートフォン用アプリで、裏千家・財団法人今日庵 茶道資料館が実施する「茶道文化検定」の3級に出題された問題から厳選した200問に挑戦できる。出題形式は4択のクイズ形式で、出題数は10問/20問/30問、解答時間は20秒/30秒/60秒から選択可能だ。合格基準に達した場合には、写真家の井上隆雄氏が撮影した写真を壁紙としてダウンロードできる。

http://www.mdn.co.jp/di/newstopics/18867/



出版にも お強い 淡交社さんが、直に 開発・発売 されないのが、
未だに 不思議では ありますが……


(私見として、「茶道辞典」 的な、つまり 「専門辞書」 的なものは、
もっとも 電子書籍・アプリ むきで、今後 なくてはならぬ 必携アイテム……
どんどん 延びていく分野である、と想定しているのですが……。「電子 茶道事典」は、需要も あるはずですし)


本物の 「茶道アプリ」 が登場した 以上、
拙ブログの、本項は 無用の長物 と化す……
と思いきや、

どっこい、どうして。
上記 アプリは、「クイズ形式 で 楽しく学べる」 のがポイントなようで……
私が 個人的に 求めている
(無いので、自分で作ろうとしている)
一覧性のある・検索できる、辞書的 アプリとは 異なるようです。

(個人的に、いわゆる「電子計算機」(パソコンやケータイ) の一番の長所は、「計算」「検索」 この2点に尽きる! と昔から感じている次第ですが)

辞書的 要素のある 茶道アプリが、本当に 登場するまでは、
ボチボチ 書き続けようかな〜〜
と、
思い返した 本日であります。

ボチボチ と、
ですが……


▼ 「茶道文化検定」 公式ページ ((財)今日庵 茶道資料館))
http://www.chado-kentei.com/




写真:【石橋静友堂 ねっと店】 横物画賛 手水鉢画 「風颯々」  淡々斎・嘉代子夫人合筆写  *西垣大道*[kam10076]
http://seiyudo.ocnk.net/product/1328

▼ 旧ブログ 記事:2011/07/04 20:03 からの転載 ▼



スマートフォンを使い始めてみて、「茶道 アプリ」「茶道具 アプリ」が充実してれば、もっと便利なのに……
という所から、本項を始めました。
電子書籍には かないませんが、何かの一助となりましたら……



1592(文禄1) 秀吉 肥前名護屋城に 黄金茶室 を運び茶会を催す。

1593(文禄2) 家康 名護屋城で 茶会を催す。今井宗久、没。(74歳)

1595(文禄4) 蒲生氏郷、没。(40歳)

1598(慶長3) 秀吉 醍醐で 花見の茶会を催す。秀吉、没。(63歳)

1599(慶長4) 古田織部・小堀遠州・金森可重 、京・堺衆らが吉野 で花見茶会 を催し、ニナイ茶屋 に「利休妄魂」 の額を掲げる。

1601(慶長6) 織部 伏見屋敷で、「利休の文」を用いた茶会を催す。

1607(慶長12) 千道安、没。(62歳)

1610(慶長15) 織部 将軍の茶湯指南役 となり、2代将軍 秀忠 に点茶の式 を伝授する。

1611(慶長16) 家康 駿府の数寄屋に 織田有楽 らを招き、茶会を催す。

1613(慶長18) 秀忠 有楽・可重・細川三斎 らを招き、茶会を催す。

1615(慶長20) 織部 茶堂 木村宗喜の 家康暗殺未遂の咎 を受け、自刃させられる。(72歳)

1620(元和6) 御茶事始 が江戸城で催され、以後 毎年 正月の恒例となる。

1621(元和7) 織田有楽、没。(75歳)

1630(寛永7) 稲葉正勝 (春日局の子)が 江戸城二の丸に、茶室を造営。

1632(寛永9) 徳川秀忠、没。(54歳)

1633(寛永10) 江岑宗左 唐津城主 寺沢広高 に出仕。

1636(寛永13) 遠州 3代将軍 家光に、茶を献ずる。

1642(寛永19) 江岑宗左 紀州徳川家 に出仕。

1645(正保2) 細川三斎、没。(83歳)

1647(正保4) 小堀遠州、没。(69歳)

1648(慶安1) 「今日庵」 が、千宗旦 により完成。

1651(慶安4) 徳川家光、没。(48歳)

1652(慶安5) 仙叟宗室 前田利常 に出仕。

1656(明暦2) 金森宗和、没。(73歳)

1658(万治1) 千宗旦、没。(81歳)

1659(万治2) 4代将軍 家綱 「御数寄屋定書」を発布。

1665(寛文5) 片桐石州 船越永景(宗舟・船越伊予) と共に、御道具奉行に任ぜられ、将軍家茶道師範 となる。石州、「三百ヶ条」 を献上する。

1666(寛文6) 一翁宗守 讃岐松平家 に出仕。

1668(寛文8) 「官休庵」 が、一翁宗守 により完成。

1673(延宝1) 片桐石州、没。(69歳)

1690(元禄3) 仙叟宗室 利休100回忌にあたり、利休堂を建立。

1723(享保8) 覚々斎宗左 8代将軍 吉宗より、唐津 桑原茶碗 を下賜される。

1730(享保15) 覚々斎宗左、没。(53歳)



写真:【石橋静友堂 ねっと店】 香合 宗旦狐  *檜垣青子*  ひがきせいし*夜咄にも[kog10141]
http://seiyudo.ocnk.net/product/5326

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▼ 旧ブログ 記事:2011/06/01 20:03 からの転載 ▼



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という所から、本項を始めました。
電子書籍には かないませんが、何かの一助となりましたら……

*

1214(建保2) 栄西和尚 が 源実朝 に茶を勧め 「喫茶養生記」 を献上する。

1267(文永4) 南浦和尚 が 中国より台子・茶具を持ち帰り、のち 夢想国師 に伝わる。

1336(建武3) 足利尊氏 が「建武式目」 を制定し、茶寄合を禁ずる。

1366(貞治5) 佐々木道誉 が京都の大原野で、百服の 本非茶勝負 を催す。

1417(応永24) 伏見宮貞成 親王 が 雲脚茶会 を催す。

1469(文明1) 古市胤栄 が 淋汗茶湯 を催す。

1471(文明3) 能阿弥 、没 (75歳)。

1483(文明15) 足利義政 の 東山山荘 常御所 が完成する。

1485(文明17) 村田珠光 が 茶礼の法式 を制定する。義政 東求堂 「同仁斎」 を造営する。

1490(延徳2) 足利義政 、没 (55歳)。

1502(文亀2) 村田珠光 、没 (80歳)。

1528(文亀2) 武野新五郎(紹鴎) が堺から上洛。

1540(天文9) 田中宗易 が 北向道陳 を介して 紹鴎に入門。

1544(天文13) 宗易 が 松屋久政 らを招き 茶会を催す。

1555(天文24) 武野紹鴎 、没 (54歳)。

1568(永禄11) 織田信長 上洛し、松永久秀 今井宗久 ら、信長に名物を進上。

1571(元亀2) 信長 東福寺に 京中の上下の衆を集め、茶会を催す。

1577(天正5) 松永久秀 が 信長に攻められ、信貴山城で 「平蜘蛛釜」 を砕いて自刃。

1578(天正6) 明智光秀 が 信長拝領の八角釜 で茶会を催す。羽柴秀吉 が 信長に茶事を許され、三木城で茶会を催す。

1582(天正10) 本能寺で 信長 自刃。秀吉 が 山崎で茶会を催す。

1583(天正11) 家康 「初花肩衝」 を秀吉に贈る。古田左介(織部) 大坂城の茶会に参席。

1584(天正12) 大坂城 「山里丸」の座敷開き の茶会が催される。

1585(天正13) 秀吉 大徳寺総見院 で大茶会を催す。また 禁中小御所 で 正親町天皇 らに茶を献じ、後見役の 宗易が 利休居士 号を賜る。

1586(天正14) 秀吉 禁中に 黄金茶室 を設え、茶会を催す。同年 利休が 今焼 黒茶碗 を用いる。

1587(天正15) 秀吉 筑前筥崎 にて茶会、また 北野大茶湯 を催す。

1590(天正18) 秀吉 小田原にて 山上宗二 を斬刑に処す。(47歳)

1591(天正19) 秀吉 利休を 堺に蟄居させた後、聚楽屋敷 に呼び戻し 自刃させる(70歳)。 蒲生氏郷 が 千少庵を 会津若松に預かる。 津田宗及 、没 (74歳)。



写真:【茶道具】 真形釜 累座 雪竹梅地紋 東山御物写  *和田美之助*  炉釜* [kmh10010]
http://seiyudo.ocnk.net/product/3175

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▼ 旧ブログ 記事:2011/04/04 12:25 からの転載 ▼



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●01:甲子 きのえね (コウシ)= (1564年) (1624年) (1684年) (1744年) (1804年) (1864年) (1924年) (1984年)
●02:乙丑 きのとうし (イッチュウ)= (1565年) (1625年) (1685年) (1745年) (1805年) (1865年) (1925年) (1985年)
●03:丙寅 ひのえとら (ヘイイン)= (1566年) (1626年) (1686年) (1746年) (1806年) (1866年) (1926年) (1986年)
●04:丁卯 ひのとう (テイボウ)= (1567年) (1627年) (1687年) (1747年) (1807年) (1867年) (1927年) (1987年)
●05:戊辰 つちのえたつ (ボシン)= (1568年) (1628年) (1688年) (1748年) (1808年) (1868年) (1928年) (1988年)
●06:己巳 つちのとみ (キシ)= (1569年) (1629年) (1689年) (1749年) (1809年) (1869年) (1929年) (1989年)
●07:庚午 かのえうま (コウゴ)= (1570年) (1630年) (1690年) (1750年) (1810年) (1870年) (1930年) (1990年)
●08:辛未 かのとひつじ (シンビ)= (1571年) (1631年) (1691年) (1751年) (1811年) (1871年) (1931年) (1991年)
●09:壬申 みずのえさる (ジンシン)= (1572年) (1632年) (1692年) (1752年) (1812年) (1872年) (1932年) (1992年)
●10:癸酉 みずのととり (キユウ)= (1573年) (1633年) (1693年) (1753年) (1813年) (1873年) (1933年) (1993年)
●11:甲戌 きのえいぬ (コウジュツ)= (1574年) (1634年) (1694年) (1754年) (1814年) (1874年) (1934年) (1994年)
●12:乙亥 きのとい (イツガイ)= (1575年) (1635年) (1695年) (1755年) (1815年) (1875年) (1935年) (1995年)
●13:丙子 ひのえね (ヘイシ)= (1576年) (1636年) (1696年) (1756年) (1816年) (1876年) (1936年) (1996年)
●14:丁丑 ひのとうし (テイチュウ)= (1577年) (1637年) (1697年) (1757年) (1817年) (1877年) (1937年) (1997年)
●15:戊寅 つちのえとら (ボイン)= (1578年) (1638年) (1698年) (1758年) (1818年) (1878年) (1938年) (1998年)
●16:己卯 つちのとう (キボウ)= (1579年) (1639年) (1699年) (1759年) (1819年) (1879年) (1939年) (1999年)
●17:庚辰 かのえたつ (コウシン)= (1580年) (1640年) (1700年) (1760年) (1820年) (1880年) (1940年) (2000年)
●18:辛巳 かのとみ (シンシ)= (1581年) (1641年) (1701年) (1761年) (1821年) (1881年) (1941年) (2001年)
●19:壬午 みずのえうま (ジンゴ)= (1582年) (1642年) (1702年) (1762年) (1822年) (1882年) (1942年) (2002年)
●20:癸未 みずのとひつじ (キビ)= (1583年) (1643年) (1703年) (1763年) (1823年) (1883年) (1943年) (2003年)
●21:甲申 きのえさる (コウシン)= (1584年) (1644年) (1704年) (1764年) (1824年) (1884年) (1944年) (2004年)
●22:乙酉 きのととり (イツユウ)= (1585年) (1645年) (1705年) (1765年) (1825年) (1885年) (1945年) (2005年)
●23:丙戌 ひのえいぬ (ヘイジュツ)= (1586年) (1646年) (1706年) (1766年) (1826年) (1886年) (1946年) (2006年)
●24:丁亥 ひのとい (テイガイ)= (1587年) (1647年) (1707年) (1767年) (1827年) (1887年) (1947年) (2007年)
●25:戊子 つちのえね (ボシ)= (1588年) (1648年) (1708年) (1768年) (1828年) (1888年) (1948年) (2008年)
●26:己丑 つちのとうし (キチュウ)= (1589年) (1649年) (1709年) (1769年) (1829年) (1889年) (1949年) (2009年)
●27:庚寅 かのえとら (コウイン)= (1590年) (1650年) (1710年) (1770年) (1830年) (1890年) (1950年) (2010年)
●28:辛卯 かのとう (シンボウ)= (1591年) (1651年) (1711年) (1771年) (1831年) (1891年) (1951年) (2011年)
●29:壬辰 みずのえたつ (ジンシン)= (1592年) (1652年) (1712年) (1772年) (1832年) (1892年) (1952年) (2012年)
●30:癸巳 みずのとみ (キシ)= (1593年) (1653年) (1713年) (1773年) (1833年) (1893年) (1953年) (2013年)
●31:甲午 きのえうま (コウゴ)= (1594年) (1654年) (1714年) (1774年) (1834年) (1894年) (1954年) (2014年)
●32:乙未 きのとひつじ (イツビ)= (1595年) (1655年) (1715年) (1775年) (1835年) (1895年) (1955年) (2015年)
●33:丙申 ひのえさる (ヘイシン)= (1596年) (1656年) (1716年) (1776年) (1836年) (1896年) (1956年) (2016年)
●34:丁酉 ひのととり (テイユウ)= (1597年) (1657年) (1717年) (1777年) (1837年) (1897年) (1957年) (2017年)
●35:戊戌 つちのえいぬ (ボジュツ)= (1598年) (1658年) (1718年) (1778年) (1838年) (1898年) (1958年) (2018年)
●36:己亥 つちのとい (キガイ)= (1599年) (1659年) (1719年) (1779年) (1839年) (1899年) (1959年) (2019年)
●37:庚子 かのえね (コウシ)= (1600年) (1660年) (1720年) (1780年) (1840年) (1900年) (1960年) (2020年)
●38:辛丑 かのとうし (シンチュウ)= (1601年) (1661年) (1721年) (1781年) (1841年) (1901年) (1961年) (2021年)
●39:壬寅 みずのえとら (ジンイン)= (1602年) (1662年) (1722年) (1782年) (1842年) (1902年) (1962年) (2022年)
●40:癸卯 みずのとう (キボウ)= (1603年) (1663年) (1723年) (1783年) (1843年) (1903年) (1963年) (2023年)
●41:甲辰 きのえたつ (コウシン)= (1604年) (1664年) (1724年) (1784年) (1844年) (1904年) (1964年) (2024年)
●42:乙巳 きのとみ (イッシ)= (1605年) (1665年) (1725年) (1785年) (1845年) (1905年) (1965年) (2025年)
●43:丙午 ひのえうま (ヘイゴ)= (1606年) (1666年) (1726年) (1786年) (1846年) (1906年) (1966年) (2026年)
●44:丁未 ひのとひつじ (テイビ)= (1607年) (1667年) (1727年) (1787年) (1847年) (1907年) (1967年) (2027年)
●45:戊申 つちのえさる (ボシン)= (1608年) (1668年) (1728年) (1788年) (1848年) (1908年) (1968年) (2028年)
●46:己酉 つちのととり (イツユウ)= (1609年) (1669年) (1729年) (1789年) (1849年) (1909年) (1969年) (2029年)
●47:庚戌 かのえいぬ (コウジュツ)= (1610年) (1670年) (1730年) (1790年) (1850年) (1910年) (1970年) (2030年)
●48:辛亥 かのとい (シンガイ)= (1611年) (1671年) (1731年) (1791年) (1851年) (1911年) (1971年) (2031年)
●49:壬子 みずのえね (ジンシ)= (1612年) (1672年) (1732年) (1792年) (1852年) (1912年) (1972年) (2032年)
●50:癸丑 みずのとうし (キチュウ)= (1613年) (1673年) (1733年) (1793年) (1853年) (1913年) (1973年) (2033年)
●51:甲寅 きのえとら (コウイン)= (1614年) (1674年) (1734年) (1794年) (1854年) (1914年) (1974年) (2034年)
●52:乙卯 きのとう (イツボウ)= (1615年) (1675年) (1735年) (1795年) (1855年) (1915年) (1975年) (2035年)
●53:丙辰 ひのえたつ (ヘイシン)= (1616年) (1676年) (1736年) (1796年) (1856年) (1916年) (1976年) (2036年)
●54:丁巳 ひのとみ (テイシ)= (1617年) (1677年) (1737年) (1797年) (1857年) (1917年) (1977年) (2037年)
●55:戊午 つちのえうま (ボゴ)= (1618年) (1678年) (1738年) (1798年) (1858年) (1918年) (1978年) (2038年)
●56:己未 つちのとひつじ (キビ)= (1619年) (1679年) (1739年) (1799年) (1859年) (1919年) (1979年) (2039年)
●57庚申 かのえさる (コウシン)= (1620年) (1680年) (1740年) (1800年) (1860年) (1920年) (1980年) (2040年)
●58:辛酉 かのととり (シンユウ)= (1621年) (1681年) (1741年) (1801年) (1861年) (1921年) (1981年) (2041年)
●59:壬戌 みずのえいぬ (ジンジュツ)= (1622年) (1682年) (1742年) (1802年) (1862年) (1922年) (1982年) (2042年)
●60:癸亥 みずのとい (キガイ)= (1623年) (1683年) (1743年) (1803年) (1863年) (1923年) (1983年) (2043年)

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(はじめに)

スマートフォンを使い始めてみて、「茶道 アプリ」「茶道具 アプリ」が充実してれば、もっと便利なのに……
という所から、本項を始めました。
電子書籍には かないませんが、何かの一助となりましたら……

うまくいく か、どうか……

今回は、試しに、毎年 新春に 宮内庁より発表される「御題」の一覧を、再掲してみました

*

明治2年 (1869年) 春風来海上
明治3年 (1870年) 春来日暖
明治4年 (1871年) 貴賤春迎
明治5年 (1872年) 風光日々新
明治6年 (1873年) 新年祝道
明治7年 (1874年) 迎年言志
明治8年 (1875年) 都鄙迎年
明治9年 (1876年) 新年望山
明治10年 (1877年) 松不改色
明治11年 (1878年) 鴬入新年語
明治12年 (1879年) 年新年祝言
明治13年 (1880年) 庭上鶴馴
明治14年 (1881年) 竹有佳色
明治15年 (1882年) 河水久澄
明治16年 (1883年) 四海清
明治17年 (1884年) 年晴天鶴
明治18年 (1885年) 雪中早梅
明治19年 (1886年) 緑竹年久
明治20年 (1887年) 池水浪静
明治21年 (1888年) 雪埋松
明治22年 (1889年) 水石契久
明治23年 (1890年) 寄国祝
明治24年 (1891年) 社頭祈世
明治25年 (1892年) 日出山
明治26年 (1893年) 巌上亀
明治27年 (1894年) 梅花先春
明治28年 (1895年) (寄海祝)   ※「日清戦争による 広島行幸中」のため、中止。
明治29年 (1896年) 寄山祝
明治30年 (1897年) (松影映水) ※「英照皇太后 崩御」のため、中止。
明治31年 (1898年) (新年雪)  ※「英照皇太后 の喪明け後 開催」の予定が、中止。
明治32年 (1899年) 田家煙
明治33年 (1900年) 松上鶴
明治34年 (1901年) 雪中竹
明治35年 (1902年) 新年梅
明治36年 (1903年) 新年海
明治37年 (1904年) 巌上松
明治38年 (1905年) 新年山
明治39年 (1906年) 新年河    ※2月7日に 開催。
明治40年 (1907年) 新年松
明治41年 (1908年) 社頭松
明治42年 (1909年) 雪中松
明治43年 (1910年) 新年雪
明治44年 (1911年) 寒月照梅花
明治45年 (1912年) 松上鶴
  
大正2年 (1913年) (なし)    ※「明治天皇 の喪中」につき
大正3年 (1914年) 社頭杉
大正4年 (1915年) (なし)    ※「昭憲皇太后 の喪中」につき
大正5年 (1916年) 寄国麗
大正6年 (1917年) 遠山雪
大正7年 (1918年) 海辺松
大正8年 (1919年) 朝晴雪
大正9年 (1920年) 田家早梅
大正10年 (1921年) 社頭暁
大正11年 (1922年) 旭光照波
大正12年 (1923年) 暁山雲
大正13年 (1924年) 新年言志
大正14年 (1925年) 山色連天
大正15年 (1926年) 河水清
  
昭和2年 (1927年) (海上風静)    ※「大正天皇 崩御」のため、中止。
昭和3年 (1928年) 山色新
昭和4年 (1929年) 田家朝
昭和5年 (1930年) 海邊巖
昭和6年 (1931年) 社頭雪
昭和7年 (1932年) 暁鷄聲
昭和8年 (1933年) 朝海
昭和9年 (1934年) (なし)    ※「朝香宮妃允子内親王 薨去」につき
昭和10年 (1935年) 池邊鶴
昭和11年 (1936年) 海上雲遠
昭和12年 (1937年) 田家雪
昭和13年 (1938年) 神苑朝
昭和14年 (1939年) 朝陽映島
昭和15年 (1940年) 迎年祈世
昭和16年 (1941年) 漁村曙
昭和17年 (1942年) 連峯雲
昭和18年 (1943年) 農村新年
昭和19年 (1944年) 海上日出    ※「昭和天皇 の体調不良」のため、歌会のみ中止
昭和20年 (1945年) 社頭寒梅
昭和21年 (1946年) 松上雪
昭和22年 (1947年) あけぼの
昭和23年 (1948年) 春山
昭和24年 (1949年) 朝雪
昭和25年 (1950年) 若草
昭和26年 (1951年) 朝空
昭和27年 (1952年) (小鳥)     ※「貞明皇后 崩御」のため、中止。
昭和28年 (1953年) 船出       ※「秩父宮雍仁親王 薨去」のため、2月5日に延期。
昭和29年 (1954年) 林
昭和30年 (1955年) 泉
昭和31年 (1956年) 早春
昭和32年 (1957年) ともしび
昭和33年 (1958年) 雲
昭和34年 (1959年) 窓
昭和35年 (1960年) 光
昭和36年 (1961年) 若
昭和37年 (1962年) 土
昭和38年 (1963年) 草原
昭和39年 (1964年) 紙
昭和40年 (1965年) 鳥
昭和41年 (1966年) 声
昭和42年 (1967年) 魚
昭和43年 (1968年) 川
昭和44年 (1969年) 星
昭和45年 (1970年) 花
昭和46年 (1971年) 家
昭和47年 (1972年) 山
昭和48年 (1973年) 子ども
昭和49年 (1974年) 朝
昭和50年 (1975年) 祭り
昭和51年 (1976年) 坂
昭和52年 (1977年) 海
昭和53年 (1978年) 母
昭和54年 (1979年) 丘
昭和55年 (1980年) 桜
昭和56年 (1981年) 音
昭和57年 (1982年) 橋
昭和58年 (1983年) 島
昭和59年 (1984年) 緑
昭和60年 (1985年) 旅
昭和61年 (1986年) 水
昭和62年 (1987年) 木
昭和63年 (1988年) 車
昭和64年 (1989年) (晴)        ※「昭和天皇 崩御」のため、中止。
  
平成2年 (1990年) 晴           ※「昭和天皇を偲ぶ歌会」として、2月6日に開催。
平成3年 (1991年) 森
平成4年 (1992年) 風
平成5年 (1993年) 空
平成6年 (1994年) 波
平成7年 (1995年) 歌
平成8年 (1996年) 苗
平成9年 (1997年) 姿
平成10年 (1998年) 道
平成11年 (1999年) 青
平成12年 (2000年) 時
平成13年 (2001年) 草
平成14年 (2002年) 春
平成15年 (2003年) 町・街
平成16年 (2004年) 幸
平成17年 (2005年) 歩み
平成18年 (2006年) 笑み
平成19年 (2007年) 月
平成20年 (2008年) 火
平成21年 (2009年) 生
平成22年 (2010年) 光
平成23年 (2011年) 葉
平成24年  (2012年) 岸

(↓更新)

平成25年 (2013年) 立
平成26年 (2014年) 静
平成27年 (2015年) 本
平成28年 (2016年) 人
平成29年 (2017年) 野
平成30年 (2018年) 語
平成31年 (2019年) 光

令和2年 (2020年) 望
令和3年 (2021年) 実      ※「新型コロナウイルス感染症の急激な感染拡大状況に鑑み」延期 後、3月26日に開催。
令和4年 (2022年) 窓
令和5年 (2023年) 友


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参考:「茶人手帳」河原書店・「茶湯手帳」宮帯出版社・「茶道手帳」淡交社・「新版 茶道美術手帳」淡交社


関連: 干支・勅題の茶道具
https://seiyudo.ocnk.net/product-group/22

写真:【茶道具】 香合 青磁 一葉  *手塚祥堂*  西・前頭7枚目* 形物香合番付[kog70024]
https://seiyudo.ocnk.net/product/4160
▼ 旧ブログ 記事:2009/12/24 20:22 からの転載 ▼



4カ月ぶりの「お道具イロハ」は、楽茶碗の分類をひとつ……


●長次郎七種 (利休七種)

:利休が所持 あるいは選定した といわれる、長次郎作の7碗。

・黒:大黒・鉢開・東陽坊
・赤:木守・早船・検校・臨済


●長次郎外七種

:上記 「長次郎内七種」とは別に、「利休好み」の7碗を選んだものとされる。
 (利休と直接関わりのもたない と推定される碗も含まれる)

・黒:雁取・小黒・閑居
・赤:一文字・太郎坊・横雲・聖

【異説】

・鉢開・あやめ・まこも・再来・閑居・一文字・桃花坊・太郎坊・濡烏


●長次郎新選七種 (長次郎新組七種)

:表千家 吸江斎の門人 金森得水(1786‐1865:紀州藩領 伊勢田丸城 家老)が上記7種にならい選定したもの。

・黒:閑居・針屋・ムキグリ・村雨・風折
・赤:太郎坊・次郎坊


●ノンコウ七種

:樂道入 作の茶碗のうち、特に高名な7碗。

・黒:獅子・升・千鳥・稲妻
・赤:鳳林・若山・鵺


●ノンコウ加賀七種

:のんこう作の茶碗のうち、青山将監(江戸後期の加賀藩家老)が所持していたものとされる。

・黒:青山・今枝・香久山・霞・桔梗・此花・善福寺


●ノンコウ後窯七種

:長次郎の茶碗を、のんこうが写したもの のうち7碗。

・黒:貧僧・大黒・小黒・鉢の子
・赤:検校・早船
・不詳:小雲雀


●光悦七種 (光悦七作)

:本阿弥光悦作の茶碗のうち、特に高名な7碗。

・黒:不二山・鉄壁・七里
・赤:雪峰・障子・毘沙門堂・雪片

【異説】

・黒:雨雲・時雨・鉄壁・喰違
・飴:紙屋
・赤:加賀光悦・有明


●光悦十作

:光悦作の茶碗のうち、特に高名な10碗。

・黒:黒光悦・喰違・鉄壁・不二山
・赤:加賀光悦・有明・障子・雪片・ヘゲメ・毘沙門堂


●光悦五種

:光悦作の茶碗のうち、特に高名な5碗。

・黒:不二山
・赤:雪峰・雪片・毘沙門堂・障子


今年も拙ブログを ご覧頂き、ありがとうございました。
どうぞ 皆さま よいお歳をお迎え下さいませ!


写真:【石橋静友堂 ねっと店】 茶碗 赤楽「雪峰」光悦写 *佐々木昭楽* [cwn94002]
http://seiyudo.ocnk.net/product/874

※上記、長次郎・ノンコウ・光悦作のほとんどは、佐々木昭楽氏・川嵜和楽氏の写しがございます。
http://seiyudo.ocnk.net/product-list/47
▼ 旧ブログ 記事:2009/08/11 17:25 からの転載 ▼



ちょうど 昨日 ゲストブックより ご質問頂きましたので、
今回は、棗について でございます。

(ネタに詰まっていたので、ご質問 ありがとうございます…(笑))


棗というのは、薄茶器(薄器)の「代名詞」です。
きちんと ナツメの形をした棗 だけでなく、
ナツメに似ても似つかぬ形でも、○○なつめ と呼んだりします。

まず、
(ややこしい言い方ですが)
なつめ型の 棗に関して申しますと、
いわゆる「利休形」(後述)という風に、
400年以上前から 寸法(形)は決まっております。

どこの お茶道具屋さんで買っても、どこの美術館で見ても、
「中棗」と書いてあれば 決まったサイズで、
「大棗」と書いてあれば どれも同じ大きさです。


さて、
薄茶器 発生の歴史的経緯ですが、
薄茶器は、元々 濃茶入の外側の木製ケース「挽家(ひきや)」
からの派生だと考えられております。

(書付クラスの、さらに時代物の 茶入には 挽家が付随している場合が多いデス)

寸胴形の、ちょうど家にある「茶筒」みたいな形であります。

伝説によると、後醍醐天皇が 吉野山の金輪寺にて作らせた
といわれる「金輪寺」や
「中次」などの筒状の茶器が、棗の成立より先行します。
いわゆる 唐物茶道具 の隆盛期ですね。

やがて 茶の湯が和風化していくにつれ、
優しい形の棗が考案されるに至ります。


ここで、昨日 ご質問を受けた
「どうして 中次はナカツギと呼ぶのか?」ですが…

筒状で、合口(あいくち:=蓋と身の境目)が ちょうど胴の真ん中に切ってあるので、
ナカツギと呼びます。

中次の蓋に、面取りがしてあるのが「面取」で、
(もっと詳しく分類すると、合口が胴の真ん中にあれば「面中次」それより上だと「面取」)
さらに 底にまで面が取ってあるのが、ご存知「雪吹(ふぶき)」ですね。
フブキの中に居るように、「上下の見極めがつかない」という意味で……。

ちなみに、PCの自動入力ではフブキと打つと「吹雪」と出ますが、
茶器のフブキは、あえて前後の文字を入れ替えて「雪 吹」と書きます。
これまた、フブキの中で 前後の見極めがつかなくなった という表現のようです。


俗に 利休が制定したといわれる「利休形」ですが、

(表千家・不審庵文庫 によりますと、
(1)利休以前から存在する器物を、利休が認め「よしとした」物=「利休形」
(2)利休が創造・創作したもの=「利休好」
だということですが。)

薄器の形には(流派にもよりますが)さまざまな分類があります。

薄器6器:(雪吹・面中次・頭切(寸切)・薬器・白粉解 オシロイトキ・茶桶)
利休好12器(如心斎12器):(大棗・中棗・小棗・一服入棗・尻張棗・茶桶・大雪吹・雪吹・面中次・白粉解・薬器棗・頭切)
ほか 「仙叟12器」「如心斎32器」など


写真:左上より
「中棗」「一服入棗」「河太郎棗」「尻張棗」
「金輪寺」「中次」「雪吹」「薬器棗」
:【ねっと店】薄茶器のページ より抜粋: http://seiyudo.ocnk.net/product-list?keyword=%E8%96%84%E5%99%A8&Submit=%E6%A4%9C%E7%B4%A2

(河太郎とは「河童」のことで、頭が窪んでいる形状からの名称です。)
▼ 旧ブログ 記事:2009/06/15 15:35 からの転載 ▼



原木の質や量、環境問題、職人の減少……
「炭」
と並んで、先行きが不安視されるのが、
「羽箒」の供給です。

ワタクシの思春期の頃、「フェイク ファー運動」とやらで、
ニューヨークで、金髪女性が人造毛皮だけをまとい、
ほぼハダカで デモ行進しているニュースが流れ、
ずいぶん 目の遣り場に困った憶えがございますが……

動物愛護の観点からも、羽箒は 年々取れづらくなっている模様です。
価格は上がり、上質のものが少なくなっていきつつあります。


さて。
今回は、双羽/モロハ の羽箒について、です。

炭手前で使われる羽箒は、羽の向きによって、「炉用」「風炉用」「双羽」と3分されますが、
双羽は、「真」のお点前で使用されたりする、左右の羽根が同じ幅の羽箒です。
通常は、鳥の「尾羽」が使われます。
尾羽なので、左右の幅が同じなのです。

写真1は、「唐国鳥/カラクニドリ」 あるいは 「唐君鳥/カラキミドリ」
と呼ばれる鳥の羽です。
これは、身も蓋もない言い方をしてしまうと、
ズバリ「七面鳥」のことです。

七面鳥と言えば、どうしても クリスマスに
ワラの中に逃げる  あの唄を想像してしまいがちなので、
このように呼び換えられます。
お茶道具には、このような「呼び換え」が非常に多いですね…

双羽なので、「炉」「風炉」兼用の お稽古用として、
まず求められる羽根であります。

(ちなみに、写真2が「野雁」 写真3が「白鳥」です。)

ところで、上に『通常は、「尾羽」が使われます』と書きましたが、
上記 羽根が取れづらくなっている事情もあり、
必ずしも 尾羽だけでなく、個々の左右のバランスにより、
「炉」「風炉」「双羽」と、昨今では区分されているのではないでしょうか?

七面鳥は「飛べない鳥」ですので、
羽根の幅に 左右の大小がないのですね。

また、面白いことに、
「飛べない鳥」の中には、飛べる鳥と、左右の幅が逆になっているものがあります。
(「孔雀」しかり……です。)
わざわざ 商品の箱の中に、
「こちらは一見 ○が広いように見えますが、通常の鳥と反対であり、○用です。」
と注意書きが入っている場合があります。

残念ながら、現在「孔雀」の在庫を切らしているため、
写真でお見せできませんが、
「孔雀」といっても、あのオスの派手な羽根でなく、
絶妙に紋様の入ったメスの羽根が一般的です。

(以前、時代物の「オウムの座箒」というものがありましたが、
こちらは、虎の毛皮が似合いそうな、カラフルなものでございました…)

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●お道具イロハ●
ふだん何気なく やり過ごしている、お道具の基礎知識・豆知識を、もう一度ふり返るべく、
ワタクシ 石橋静友堂が、独断と偏見と早トチリで、一刀両断に解説しちゃうコーナーです。
▼ 旧ブログ 記事:2009/05/04 11:38 からの転載 ▼



今回は、茶入の「牙蓋/げぶた」について です。

例えば、紙箱入の茶入をお求めの際、
箱の中に、「ラクト蓋」という紙が入っていたことがありませんか?

試しに「ラクト(lacto)」という語を、Yahoo!辞書でひいてみると、
説明には「=乳(lactoprotein=乳たんぱく質)」と出てきます。

そうです。ラクト蓋とは、
乳たんぱく質を素材とした、「人工象牙」のことなのです。

ラクト蓋は、非常によく出来ています。
本象牙のように、マーブル模様が浮き出ています。
模様を描いているのではなく、質感も 象牙にかなり近いです。

(写真:左が「ラクト蓋」右が「樹脂蓋」中央が本象牙の「牙蓋」)

いわゆる「樹脂蓋」は、単に色が象牙色をしているだけで、
ラクトのようなマーブル模様はありません。
(仮に お茶入自体が同じ物だとしたら、樹脂蓋よりも、もちろんラクト蓋の方が
お値段がします。)

一見、非常によく出来た「ラクト蓋」ですが、
象牙と見分けるための ポイントがあります。

●マーブル模様に、対称性・機械的連続性 が認められる。
●光線を反射させると、象牙は 薄い繊維質が浮き出てくるのに対し、
ラクトはマーブル模様だけである。

象牙は、人間の指紋と同じですので、
決して マーブルが、規則正しく しかも左右対称に走ることはありません。
それに対し、ラクトは、あまりに模様がキレイに連続しすぎています。
見慣れてくると、両者の違いは、一目瞭然です。

古い上質の象牙には、上記の繊維質の他に、
「窠/す」と呼ばれる、いわば繊維の疵が 黒く一本(時に複数)縦に走っている
場合があります。
本来は疵ですので、象牙自体の質からみれば、欠点なのですが、
茶道具に共通する「不完全の美」でしょうか?
絶妙のバランスで入っている「窠/す」を、古来 茶人は愛してきました。

茶杓を載せないサイドに、この「窠」をもってくることが、
いわば「約束」であり、
きちんとした茶道美術館では、この「窠」の向きを、ちゃんと統一して展示してあります。

(まれにバラバラの時は、よほど展示替に慌しかったのかな?とか、
心得のない人が触ったのかな? とか、そんな見方も楽しいです……)

条約の規制緩和により、象牙の値段の一時ほどは高騰していない昨今ですが、
まだまだラクトの技術は進歩するのではないでしょうか?

でも、やはり本物の象牙の質感には、
いつまで経っても 及ばないことでしょう。

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