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: 茶道史 略年表 (中) :

▼ 旧ブログ 記事:2011/07/04 20:03 からの転載 ▼



スマートフォンを使い始めてみて、「茶道 アプリ」「茶道具 アプリ」が充実してれば、もっと便利なのに……
という所から、本項を始めました。
電子書籍には かないませんが、何かの一助となりましたら……



1592(文禄1) 秀吉 肥前名護屋城に 黄金茶室 を運び茶会を催す。

1593(文禄2) 家康 名護屋城で 茶会を催す。今井宗久、没。(74歳)

1595(文禄4) 蒲生氏郷、没。(40歳)

1598(慶長3) 秀吉 醍醐で 花見の茶会を催す。秀吉、没。(63歳)

1599(慶長4) 古田織部・小堀遠州・金森可重 、京・堺衆らが吉野 で花見茶会 を催し、ニナイ茶屋 に「利休妄魂」 の額を掲げる。

1601(慶長6) 織部 伏見屋敷で、「利休の文」を用いた茶会を催す。

1607(慶長12) 千道安、没。(62歳)

1610(慶長15) 織部 将軍の茶湯指南役 となり、2代将軍 秀忠 に点茶の式 を伝授する。

1611(慶長16) 家康 駿府の数寄屋に 織田有楽 らを招き、茶会を催す。

1613(慶長18) 秀忠 有楽・可重・細川三斎 らを招き、茶会を催す。

1615(慶長20) 織部 茶堂 木村宗喜の 家康暗殺未遂の咎 を受け、自刃させられる。(72歳)

1620(元和6) 御茶事始 が江戸城で催され、以後 毎年 正月の恒例となる。

1621(元和7) 織田有楽、没。(75歳)

1630(寛永7) 稲葉正勝 (春日局の子)が 江戸城二の丸に、茶室を造営。

1632(寛永9) 徳川秀忠、没。(54歳)

1633(寛永10) 江岑宗左 唐津城主 寺沢広高 に出仕。

1636(寛永13) 遠州 3代将軍 家光に、茶を献ずる。

1642(寛永19) 江岑宗左 紀州徳川家 に出仕。

1645(正保2) 細川三斎、没。(83歳)

1647(正保4) 小堀遠州、没。(69歳)

1648(慶安1) 「今日庵」 が、千宗旦 により完成。

1651(慶安4) 徳川家光、没。(48歳)

1652(慶安5) 仙叟宗室 前田利常 に出仕。

1656(明暦2) 金森宗和、没。(73歳)

1658(万治1) 千宗旦、没。(81歳)

1659(万治2) 4代将軍 家綱 「御数寄屋定書」を発布。

1665(寛文5) 片桐石州 船越永景(宗舟・船越伊予) と共に、御道具奉行に任ぜられ、将軍家茶道師範 となる。石州、「三百ヶ条」 を献上する。

1666(寛文6) 一翁宗守 讃岐松平家 に出仕。

1668(寛文8) 「官休庵」 が、一翁宗守 により完成。

1673(延宝1) 片桐石州、没。(69歳)

1690(元禄3) 仙叟宗室 利休100回忌にあたり、利休堂を建立。

1723(享保8) 覚々斎宗左 8代将軍 吉宗より、唐津 桑原茶碗 を下賜される。

1730(享保15) 覚々斎宗左、没。(53歳)



写真:【石橋静友堂 ねっと店】 香合 宗旦狐  *檜垣青子*  ひがきせいし*夜咄にも[kog10141]
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