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: 茶道史 略年表 (上) :

▼ 旧ブログ 記事:2011/06/01 20:03 からの転載 ▼



スマートフォンを使い始めてみて、「茶道 アプリ」「茶道具 アプリ」が充実してれば、もっと便利なのに……
という所から、本項を始めました。
電子書籍には かないませんが、何かの一助となりましたら……

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1214(建保2) 栄西和尚 が 源実朝 に茶を勧め 「喫茶養生記」 を献上する。

1267(文永4) 南浦和尚 が 中国より台子・茶具を持ち帰り、のち 夢想国師 に伝わる。

1336(建武3) 足利尊氏 が「建武式目」 を制定し、茶寄合を禁ずる。

1366(貞治5) 佐々木道誉 が京都の大原野で、百服の 本非茶勝負 を催す。

1417(応永24) 伏見宮貞成 親王 が 雲脚茶会 を催す。

1469(文明1) 古市胤栄 が 淋汗茶湯 を催す。

1471(文明3) 能阿弥 、没 (75歳)。

1483(文明15) 足利義政 の 東山山荘 常御所 が完成する。

1485(文明17) 村田珠光 が 茶礼の法式 を制定する。義政 東求堂 「同仁斎」 を造営する。

1490(延徳2) 足利義政 、没 (55歳)。

1502(文亀2) 村田珠光 、没 (80歳)。

1528(文亀2) 武野新五郎(紹鴎) が堺から上洛。

1540(天文9) 田中宗易 が 北向道陳 を介して 紹鴎に入門。

1544(天文13) 宗易 が 松屋久政 らを招き 茶会を催す。

1555(天文24) 武野紹鴎 、没 (54歳)。

1568(永禄11) 織田信長 上洛し、松永久秀 今井宗久 ら、信長に名物を進上。

1571(元亀2) 信長 東福寺に 京中の上下の衆を集め、茶会を催す。

1577(天正5) 松永久秀 が 信長に攻められ、信貴山城で 「平蜘蛛釜」 を砕いて自刃。

1578(天正6) 明智光秀 が 信長拝領の八角釜 で茶会を催す。羽柴秀吉 が 信長に茶事を許され、三木城で茶会を催す。

1582(天正10) 本能寺で 信長 自刃。秀吉 が 山崎で茶会を催す。

1583(天正11) 家康 「初花肩衝」 を秀吉に贈る。古田左介(織部) 大坂城の茶会に参席。

1584(天正12) 大坂城 「山里丸」の座敷開き の茶会が催される。

1585(天正13) 秀吉 大徳寺総見院 で大茶会を催す。また 禁中小御所 で 正親町天皇 らに茶を献じ、後見役の 宗易が 利休居士 号を賜る。

1586(天正14) 秀吉 禁中に 黄金茶室 を設え、茶会を催す。同年 利休が 今焼 黒茶碗 を用いる。

1587(天正15) 秀吉 筑前筥崎 にて茶会、また 北野大茶湯 を催す。

1590(天正18) 秀吉 小田原にて 山上宗二 を斬刑に処す。(47歳)

1591(天正19) 秀吉 利休を 堺に蟄居させた後、聚楽屋敷 に呼び戻し 自刃させる(70歳)。 蒲生氏郷 が 千少庵を 会津若松に預かる。 津田宗及 、没 (74歳)。



写真:【茶道具】 真形釜 累座 雪竹梅地紋 東山御物写  *和田美之助*  炉釜* [kmh10010]
http://seiyudo.ocnk.net/product/3175

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